その頃、一人遊撃の任についていた志貴はと言えば・・・魔獣と言う最大級の反則を駆使するメレムを除けば最も数多くの死者を葬り、動きを止めた所だった。
「よし・・・一先ずここはあらかた始末したな・・・」
辺りを見渡し一つ頷く。
「とにかく徹底的にここで潰しておくか・・・次は」
「志貴君!!」
獲物を求めて再び動き出した志貴の背後から聞き慣れた声が響く。
振り返るとアルトルージュが駆け寄ってくる。
「どうした?アルトルージュ?確かリィゾさんと行動を共にしてなかったか?」
「ええそうなんだけど、志貴君、片刃がローマまで来ているわ」
「エンハウンスが?」
「ええ、しかも、ダインスレフを持って」
「ダインスレフって・・・士郎でも持つ前から匙を投げたあれか?もしかして・・・もう狂っているのか?」
士郎からダインスレフの特性を聞いている志貴は最悪の可能性を考慮する。
「いいえ、まだ正気を保っている」
だが、アルトルージュの返答に首を傾げる。
「何?あれを持ってか?あれを振るうには感情を捧げ続けないとならないのだろう?」
「ええ、リィゾの推測だけど片刃は多分、憎悪と怨念を捧げ続けているみたい」
「・・・どういう憎悪だそりゃ。ダインスレフに捧げ続けられる量の憎悪って、それよりもエンハウンスがここまで来ているとなれば奴を潰せば北側の圧力は軽減されるな。よし俺もリィゾさんの援軍に」
「待って!それに片刃はまだ何か隠し持っている」
「隠し持っている?」
「ええ」
そう言って、先ほど自分を襲った銃弾の事を話す。
「・・・方向を変える銃弾?グングニルと同じ系統の武器、最悪・・・宝具か」
「考えたくないけど・・・ダインスレフを持っていた以上その可能性も考えられるわ」
「こんな時士郎がいれば助かるんだが、愚痴っても仕方ない。どちらにしてもリィゾさんが簡単に敗れるとは思えないけど、戦力は多い方が良い。エンハウンスの方には俺が向かう。アルトルージュお前はアルクェイド達と合流して『六王権』軍を可能な限り叩いてくれ。その後、フィナさんの『幽霊船団』に乗り込み、イタリアを撤退する」
「南部の教会は?」
「あっちはあっちで撤退ラインを確保しているらしい。俺たちとは別ルートで撤退するから大丈夫。それよりも俺達は俺達の心配を最優先する」
「判ったわ」
十五『復讐騎』
「おおおおおお!」
雄叫びと共にリィゾの剣が空を切り、エンハウンスを両断せんと迫り来る。
「けっ!何だその弱っちぃ剣は!」
それをダインスレフで受け止めあまつさえ逆に押し込むエンハウンス。
「くううううう・・・」
それを渾身の力を込めて押し返し、強引に距離を取る。
だが、それを待っていたように、リボルバーが火を噴き魔弾が絶対不可避の軌道を描きリィゾを貫かんと迫り来る。
それをその剛剣で弾くのではなく、平の部分で叩きつけ、まとめて地面に埋め込む。
「・・・くっ、離れれば追尾の弾丸、近付こうとすれば、ダインスレフ・・・厄介なものよ」
忌々しげにエンハウンス・・・正確にはその両手に握られている破滅と追尾の宝具を睨み付けるリィゾ。
「しかし、何処から湧き上がってくるのか・・・底なしの怨念と憎悪は」
「決まっているだろうが」
応ずる声にも憎悪が滲み出る。
「俺を人形の様に扱う『六王権』とその側近共、そしてそれに慣れつつある俺自身への憎悪に決まっているだろうが!!」
一声吠えるとリィゾへの攻勢をかけるエンハウンス。
いや正確にはその寸前で強引に止めざるおえなかった。
―我流・十星改―
僅かな狂いも無く繰り出された高速の刺突を大地を転がる様に回避する。
「ちっ」
舌打ちしながらそれでも油断せず距離を取るエンハウンスを尻目にリィゾの傍らに志貴が現れる。
「志貴か」
「リィゾさん助力します」
「私一人で充分・・・と言いたいがダインスレフの力だろうな、エンハウンスの力がこちらの想像以上に高い」
「厄介極まるな・・・」
「おまけにあの弾丸、追尾能力ならばグングニルに匹敵する。志貴気をつけろ。奴の憎悪、我々の想像を超えている。ダインスレフに捧げ続けてまだ尚翳りは見えん」
「ええ、そうでしょうね」
志貴達の会話を他所に、エンハウンスは暗き愉悦に浸っていた。
最上級の獲物が自分から現れたのだから。
「こりゃ丁度良い。『真なる死神』か・・・てめえら揃って地獄に叩き込んでやる」
眼に見える錯覚すら起こしそうな程の憎悪を漲らせて、ダインスレフを構え直し、魔弾が再装填された銃の照準を合わせる。
同時に志貴とリィゾは二手に分かれる。
間髪入れず、リボルバーは火を噴く。
それが戦闘再開の合図だった。
その頃、ローマ各所では、『六王権』軍イタリア侵攻部隊は全滅に等しい被害を受けていた。
「力のある死徒はほぼいないねシエル」
「そうですね。それにしても、いい加減それを仕舞いなさいメレム。歴史あるローマの都をこれ以上廃墟にするのは忍びないです」
「人が作った物なんてどうせ直ぐに壊れるんだけどな・・・まあいいや。右足戻って」
そう言うと霞の様に鯨の姿はかすれてそれはメレムの右足に吸い込まれていく。
「さてと、やる事は終わったし後は撤退するだけかな?」
「そうでしょうね。一先ず志貴君達と合流」
「エレイシア、ここにいたの?」
そこへやはり『六王権』軍をほぼ皆殺しにしてきたアルクェイドと青子が合流する。
「ブルー、アルクェイド、そっちは良いのですか?」
「ええ、綺麗さっぱり大掃除してきたわ」
「後はまだローマに侵入していない死者もいるけど、そっちは白騎士の船団が牽制しているみたい。後は志貴と姉さん達なんだけど」
「おっ、噂をすればもう一人の姫様が着たわよ」
「!!く、黒の?」
確かに駆け寄ってきたのはアルトルージュ。
それを確認して怯えるようにエレイシアの後ろに隠れるメレム。
だが、隣にいる筈のリィゾの姿は無い。
「姉さん?黒騎士は?」
「ふう・・・リィゾは今片刃と戦っているわ」
「ええっ!エンハウンスがもうここまで来ているんですか?」
「そう、おまけに性質の悪い宝具を持ってね」
「宝具?」
「ダインスレフよ。士郎君が一回だけ投影して使わなかった剣と言えば判るでしょ?」
「あれ?!」
「ええ、それも片刃はそれをさしたるハンデも感じずに使っているわ。おまけに銃も追尾する弾丸を使っているし。それで志貴君もリィゾの応援に向かったわ」
「そうなんだ。じゃあ大丈夫じゃない。志貴が行けば、相手がどんな宝具持っていても敵じゃないでしょ」
楽観論を口にするアルクェイド。
実際、ここ最近は戦争と言う特異な状況ゆえ、真っ向からの戦いが多いがその不慣れな状況ですら志貴は『直死の魔眼』、や暗殺技法、そして『極の四禁』を用いて勝利を重ねてきた。
それに対する『七夫人』の信頼は著しく大きい。
「ちょっと待ってよ」
だが、そこへメレムが焦った口調で口を挟む。
「確かダインスレフって北欧神話で英雄シグルドを殺した剣だよね」
「そう言えば士郎君もそんな事言っていたわ・・・って!そうだ!!大変な事忘れてた」
「どうしたのよ?」
「忘れたのアルクちゃん!!ダインスレフのもう一つの能力」
「もう一つの・・・確か・・・『英雄殺し』?」
「そうです!貴女も士郎君の説明は聞いていたでしょう!」
やはりその場に居合わせていたエレイシアも焦れた口調を出す。
破滅の宝具ダインスレフ、感情を捧げる事で自身の力を限界以上に引き出す能力も脅威だが、それとは別に最も恐ろしい能力がある。
それが『英雄殺し』の属性。
北欧神話の英雄シグルドを殺した逸話に乗っ取り、英霊や英雄の属性を持つ者を最悪即死に至らしめる英雄への呪い。
一見すれば英雄でない者にはさして効果の無い属性なのだから脅威とは思えない。
しかし、英雄の属性と言う物は過去の英霊はいざ知らず、現代の英雄に範囲を絞ると、実は最も見分ける事の出来ない属性の一つである。
例えば竜属性であれば、竜の血と交わった等に代表されるように、竜に親しい逸話を見つければ簡単に見分けはつく。
しかし、英雄の属性は違う。
完成されていれば話は別だが、英雄として完成されていない者と英雄の属性を持たぬ者とを判別するなど困難にも程がある。
だが、ダインスレフの『英雄殺し』は未だ大成していない英雄の属性を持つ者にも通用される。
その潜在した英雄の属性をもし志貴やリィゾが持っていたとしたら・・・ダインスレフは最悪の毒と化す。
「直ぐに志貴と黒騎士の援護に向かいましょう!」
「ええ!」
いても経ってもいられず吸血姫姉妹が駆け出そうとした時、不意に上空に気配を感じる。
見上げるとそこには巨大な船。
「フィナの『幽霊船団』旗艦?」
「姫様!『六王権』軍、ローマ郊外の部隊が本格的に侵攻を開始してきました!船団も砲撃を加えていますが、敵空軍の妨害にもあって足止めははかどっていません!」
アルトルージュの呟きに合わせる様に、船から身を乗り出すようにしてフィナが報告を入れる。
「じゃあ、そろそろ潮時と言う事かしら!」
「おそらく!」
「判ったわ。フィナ!!プライミッツ、エレイシア、ブルー、メレムを急いで乗せなさい」
「姫様達は!」
「私と姉さんは志貴と黒騎士の方に向かうわ!」
「フィナは全員乗せたら直ぐに私達の所に来なさい!その後全員乗ってイタリアを脱出するわ!」
「かしこまりました!」
その言葉を最後にアルクェイド、アルトルージュは風の様に駆け出した。
信頼する従者と愛すべき夫の元へと。
一方、ローマの一角では熾烈な激闘は未だ続いていた。
「うおおおお!」
咆哮を込めたリィゾの一撃を
「おらああああ!!」
怨嗟と憎悪を乗せたダインスレフで弾き返す。
体勢を崩したリィゾに魔弾の追撃を加えようと銃を構えるが、それをあらぬ方向に向けるとリボルバーの全弾を吐き出させる。
その六発の魔弾は一直線に突き進んだが途中で、巨大な力と正面からぶつかった様に、耳につんざく轟音と共に全て砕け散る。
それと同時にダインスレフをどう言う訳か振り回すエンハウンス。
だが、その出鱈目な大降りに次々と金属がぶつかる音が響き、エンハウンスの身体が数箇所切り裂かれる。
いや、場所によっては大きく抉れた箇所すらある。
だが、それでもエンハウンスは致命傷を防ぎきる。
やがて音が止むと、体勢を整えたリィゾの隣に『双剣・白虎』を持った志貴が姿を現す。
「くそっ!魔弾全弾打ち砕いて、傷一つなしだと!この化け物が!」
忌々しげに毒づきながら慣れた手つきで空の薬莢を地面に捨て、手品の様に次々と新しい魔弾を手から出しながらリロードしていく。
「そっちもぞんざいな化け物だな。『疾空』の高速攻撃を受けて、その程度の傷で済ませるかよ普通」
志貴は志貴で呆れながら嘆息する。
先程から志貴は『極鞘・白虎』の秘技『疾空』を持っての超高速奇襲を寸断無く行使し正面から猛攻を仕掛けるリィゾとの連携攻撃でエンハウンスを攻め立てているが、ダインスレフの力で引き上げられたエンハウンスの力は想像以上だった。
流石に志貴の『疾空』の連続攻撃の前には防戦一方だが、それを捌ききって尚、リィゾの猛攻を凌ぎ、尚且つ反撃を仕掛けるその力は驚異的としか言い様が無い。
弾丸を再装填して直ぐにボトルを取り出し中身の血を飲むエンハウンス。
同時に傷は癒えていく。
「くそ・・・想像以上のしぶとさだな」
それを見て思わず志貴が毒づく。
何度仕掛けても、軽傷程度、おまけに傷も直ぐ癒える。
これが普通の戦闘であれば志貴も落ち着いて対処できるだろう。
だが、この堂々巡りに加えて撤退のタイミングも計っていた為、若干焦りが見え始める。
それを、
「落ち着け志貴。焦れば致命的なミスを誘発するぞ」
リィゾが落ち着き払った声で諫める。
ここはやはり、アルトルージュを長き時に渡り守り続けてきた経験の差と言えよう。
と言うよりリィゾクラスの経験量など人間に積む事は到底不可能であるが。
「はい・・・ですがリィゾさんどうします?」
リィゾの諫めに心を落ち着かせて、これからの事を問い掛ける。
「ここで片刃を滅ぼせれば上々だが、ダインスレフと追尾の弾丸が相手では更に手こずるだろうな・・・それに・・・気付いているか?」
「ええ、死者の気配が増え始めた」
「後方部隊が入り始めたんだろう・・・もはや潮時だな」
「ええ、頃合を見計らって撤退しましょう・・・ただ、目の前の相手がすんなり逃がしてくれればの話ですけど」
「難しいだろうな」
最後の言葉は志貴とリィゾ双方一致した見解だった。
だが、そんな内緒話を何時までも許すエンハウンスではもちろん無かった。
「何ごちゃごちゃ話をしてやがる!遺言なら俺がお前らの血で代筆してやる!」
突撃を仕掛けようとした矢先、
「はあああああ!」
「てりゃああああ!」
左右から同時に衝撃波を受けて、数百メートル先まで吹き飛ばされるエンハウンス。
いや、吹き飛ばされつつも魔弾を次々と撃ち込んでくるのは見事と言えよう。
「アルクちゃん!」
「判っているわよ姉さん!」
既に魔弾の事を聞き及んでいたアルクェイドの一撃が魔弾を弾くのでもかわすでもなく、片腕を振り回した事で生じた衝撃波の一撃で押し潰した。
「・・・出鱈目な解決法だな」
それを見て改めて『白の夫人』である真祖の姫君の力を思い知る志貴。
それとは露知らず夫に駆け寄るアルクェイド。
「志貴、無事!」
「リィゾ怪我は無い?」
「ああ大丈夫だ」
「はい姫様」
「そう、よかった、それよりも志貴君」
「『六王権』軍の後方部隊がローマに入り始めたんだろ?」
アルトルージュの言葉を遮り志貴が結論を告げる。
「ええ、フィナが足止めをしているけど、それもそうもたない。そろそろイタリアから脱出しましょう」
「だろうな。他は?」
「もう白騎士の『幽霊船団』に乗っている筈」
そこに上空から、
「志貴君無事ですか〜!」
「姉さん!」
エレイシア達を乗せた『幽霊船団』旗艦が地表すれすれまで下降して来る。
「姫様!急ぎお乗りを!『六王権』軍空軍が一旦退きましたのでこの隙にイタリアを脱出します!」
「判ったわ!リィゾ!」
「はっ!」
「志貴乗れる?」
「この高さなら問題ない」
その言葉と同時にアルクェイド、アルトルージュ、リィゾは真祖、死徒の身体能力を発揮して、志貴は『疾空』の超高速での跳躍で軽々と甲板に乗り込む。
「よし!浮上開始!その後船団の陣を組み直し、後は全速力でトルコまで撤退!」
フィナの号令と共に『幽霊船団』は旗艦を中心とした方円陣を敷くと全速力で一路西へと進路を定める。
いたちの最後っ屁とばかりに全艦に加えて青子の魔力弾が一斉に『六王権』軍に叩き込みつつ。
「ちっ!」
悠々と西に向かって進路を取る『幽霊船団』を忌々しげに見上げるエンハウンス。
彼の憎悪は追跡を声高に叫んでいたが、僅かながらに残された理性は追跡を諦めていた。
何しろ相手は空、こちらは地表では差がありすぎる。
彼も飛行は出来るが、『幽霊船団』のそれに比べれば勝負にならない。
やり場の無い怒りに身体を震わせていたが、そこに『ダブルフェイス』が到着する。
一瞬、目の前の木偶人形を破壊したい衝動に駆られるがそれを渾身の力で抑え込むと『闇千年城』と通信を繋げる準備を始めた。
一方、『幽霊船団』甲板上では、現状の再確認が行われていた。
「それで姉さん、南方は?」
「ああナルバレックでしたら三十分ほど前に連絡があり、カタンザーロを放棄して既にクロトーネに撤退、そこからイタリア海軍の船に分譲してトルコに向かう予定だそうです」
「船?でも敵の海軍は・・・」
志貴が不安を述べるがエレイシアは更に大きな危険を上げる。
「そこが少し不安要素ですが、ローマへの本格的な攻撃から始まった敵空軍の奇襲はこちらだけではなく、南方でも行われていたみたいです。そんな難敵が頻繁に襲撃をかけてくる以上、輸送機の方が危険が大き過ぎます」
「確かに・・背に腹は変えられないか・・・」
「それと翡翠さん達からも連絡が、全員無事に闇の封印から抜け出したと」
「そうですか・・・良かった」
「それでこの後はどうするの?」
アルクェイドが疑問をぶつける。
「かねてからの予定通りトルコで全員と合流してから日本に帰国。その後はロンドンに移動してロンドンの防衛と来るべき反攻に備える・・・と言うかそれしかもう手立ては無いから」
「ねえ志貴君、日本に戻るんだったら『千年城』にも顔を出さない?お爺様やアルカトラスに現状の報告もしたいし士郎君の事も何か判ったかも知れないし」
「そうだな・・・うん、そうするか」
そんな話をしながら『幽霊船団』は一路西に突き進む。
この数時間後、思いもよらぬ凶報がもたらされる事になる事も知らずに。
『闇千年城』・・・『六師』達は城に帰還した後、『これまでの戦いの疲れを癒す』名目でサロンでそれぞれ、何処で手に入れたのかコーヒーや紅茶を飲んだり、ただ、最愛の人の傍らに寄り添っていたり、ビールやジュースを飲み明かしていたりと正に寛いでいた。
そこに、『ダブルフェイス』がぎこちない動きながらこちらに近寄ってくる。
「おっ?定期連絡か?」
そう言いながら『風師』が操作を始めると直ぐに不満と不機嫌を絵に描いたようなエンハウンスの姿が現れる。
「よう、エンハウンス」
『けっ、人を最前線で働かせていながら手前らはお城でのんびり戦見物気分か?』
『風師』の手に握られているのが酒だと直ぐに見抜き皮肉を口にする。
「は?これか?酒じゃねえよ。泡の出る水だよ水」
「・・・あれが水だと言うのなら、あいつにとって何が酒なんだ?」
小声で『地師』が『風師』の台詞を皮肉る。
「あいつにとっての酒って言うのはウオッカだのテキーラだのアルコール度数が高い奴だけだろう」
『炎師』がその皮肉に更に付け足した。
エンハウンスも、更に何か言おうとしたが、陽気な『風師』に何を言っても無駄と割り切ったのか、イライラした表情と口調で報告を入れ始める。
『・・・ちっ、報告、ローマ占領に成功した』
「おお、もうか?」
『連中、端からローマ・・・イタリアを捨てる気だったんだろう。ローマには数人程度しかいなかった』
「数人だと・・・そいつら殿か?」
『ああ、俺が見ただけで『真なる死神』、『真祖の姫君』、『死徒の姫君』、『黒騎士』、『白騎士』がいた。だが、先発部隊がほぼ全滅、後発も敵の撤退前の攻撃でかなりの損害を被った』
「・・・っ、まあ仕方ねえ。むしろそんな化け物とやり合って無事ですんだ事に感謝すべきだろうな」
予想以上の敵の殿の戦力と自軍の損害に眉をしかめる『風師』だったが直ぐに物事を少しでも良い方に考え直す。
『ほう・・・』
そんな『風師』を意外な物を見たと言わんばかりに表情を崩すエンハウンス。
「何だ?文句あるか?」
『いいや別に。それよりも俺達はこれから更に南下すりゃいいのか?』
「いいえ、その必要は無いわ」
それに応えたのは『闇師』。
「既に南部はリタの部隊が侵攻を始めている。残りはリタに任せます。エンハウンス、あんたはこのまま北に転進してロンドンを目指して」
『ロンドン??』
「ヴァン・フェムに総司令は任せていても向こうにはバルトメロイに加えて英霊も数体確認されている。戦力はいくらいてもロンドンでは不足と言う言葉は無いの。手の空いた二十七祖は最優先でそちらに向かってもらうわ」
『判った』
その言葉と共に通信は切れた。
「『ロンギヌスの魔槍』はイタリアの命脈を断ったな」
「ああ、これで地中海は俺達の海と化した。後はイギリス・・・いやロンドンを落とせば欧州は完全なる我々の要塞となる」
そこに更に連絡が入る。
「あら?リタ?」
『はっ!『闇師』様、教会の部隊ですが・・・申し訳ありません。上手くあしらわれ、ほとんどの敵戦力を・・・』
「そう、ようは取り逃がしたのね?」
『そ、それは・・・』
『闇師』の容赦の無い言葉にただ項垂れるリタ。
「・・・仕方ないわ。連中も最初から撤退の心積もりだったのでしょうから。じゃあリタ、貴女はイタリア全土の完全侵攻を行いなさい。逃げ遅れた人間は餌にするなり、死者にするなりその辺りの采配は全て貴女に一任するわ」
『は、はい!』
その言葉を最後に通信が途切れた途端、
「ったく!、本当使えないわね!」
『闇師』は声を荒げてリタを罵る。
「まあそうもいらつくなって。エンハウンスだって大損害受けたんだ。それに比べりゃ」
「向こうとは戦力も状況も違うじゃない!逃がしたにしても教会にそれなりの損害を与えたならまだしも、あしらわれて逃がしたのよ!」
「事は我々の思うように進む物ではあるまい」
まだ言い足りないようであったが『地師』の一言にややばつの悪そうに口を閉ざす。
「確かにね。もし全ての物事が僕達の予測通りに進んでいたとしたらとっくの昔に王様はご自分の願いを叶えていたよ姉ちゃん」
さらに『光師』の窘める言葉に苦々しい表情を作る。
「何と言うか・・・あんたに窘められるのって・・・想像以上の屈辱ね」
「何だよそれ!」
「はははっ!違いないな!それは!」
「そこっ、笑っていない!」
とても世界で殺戮と破壊の限りを尽くす『六王権』軍最高幹部達とは思えない明るい笑い声がサロンに響き渡った。
その一方、ただ一人執務室では・・・
「なるほどな・・・」
ある書簡に眼を通す『影』がいた。
それは紛れも無い、リタが『闇師』に託した『錬剣師』と自分に関する予言だった。
その表情は興奮と高揚に満ちた喜色に溢れていた。
「そうか・・・これが薔薇の予言か・・・」
この予言が確実なら自分は『錬剣師』衛宮士郎とあと二回、直接戦う事になる。
その結末は判らないがその時には自分と士郎の戦いは想像を超えた物に必ずなる。
これは予測、推測ではなく、確固たる確信がそこにあった。
その戦いは自分の能力の全てを賭けて戦うべき事であり、相手はそれに相応しき敵なのだ。
「俺もその時には究極に上り詰める・・・そしてお前も同じ頂に上り詰める筈・・・その時こそが俺とお前の決着、待っているぞ『錬剣師』」
呟きは虚空に消えた。